伊敷 私の実家「セルフ施工」の断熱リフォーム

おはようございます。薩摩じねん派 村田 です。

今日3/21 22 「伊敷古民家パッシブりのべ」の見学会を行いますが、その隣で進めている「私の実家 セルフ施工仕様の断熱リフォーム」をご紹介します。

興味のある方には、今日明日、施工前の状況と工事のコンセプトをご説明します。お気軽に声をかけてください。

今回検討を進めている、「やろうと思えばセルフ(自力)で施工可能なローテク、エコノミー」な水回り、断熱改修です。

この工事の切っ掛けは、母が腰の骨、肋骨を折る怪我をして、車椅子生活になる可能性があり、現状の浴室・トイレでは、二人で暮らす父母の自立した生活が厳しくなるということです。母は、4月末にリハビリを終え退院してきます。それまでに、工事を竣工しなければなりません。。

「セルフ施工」といっても、私自身、会社で勤務しています。多少、真似事はしますが、今回は4月に完成するために、メインの作業はプロに頼みます。

実は、数年前スマートウェルネスの補助事業を利用して、実家の断熱改修を計画しました。実際に事業に参加して、データロガーを設置して、2週間、現状の温湿度測定と両親の血圧体温の変化を測定しました。今の時代に則した計画と考え、通常行っている薩摩じねん派の新築、リノベーションと同じ仕様で検討しその内容を両親にも話ました。

性能まで改善するリノベーションを行うと少なくとも1,500万程度の予算がかかります。

90歳を超えた父親の反応は、「何を考えちょっと。私が後何年、使っち思とよ。そのお金の使う方は有り得ん。」計画を進めることが出来ませんでした。

そのような経緯もあり、工事の仕様は、ローテク・エコノミーを第一に考え、両親に納得できる内容で進めます。

施工範囲は、まず、コンパクトな部分断熱を考えます。プランの「田の字」左半分。寝室・リビングとクローゼットを含む水回り。夜中も自立して生活できるスペースを考えます。

90歳、80台の両親が、車椅子生活で、夜中一人でトイレに行ける。風呂・シャワーが一人で使える環境を作ります。この生活は、「吹上永吉の古民家」で実現している環境です。

コストが一番のテーマでもあります。既存の壁は壊さず、内側から断熱ボードを付加し、仕上げもセルフ施工仕様で進めます。サッシは、現在のシングルアルミサッシの取り換えは行いません。ガラスに中空ポリカを付加してペアガラス同等の断熱性能にします。古いサッシの気密を確保するための調整、パッキン等の付加をします。床は、タタミ厚に合わせて断熱ボード、無垢スギ板仕上げ。天井は、従来のGWです。今回は、基本的にプロの作業になりますが、部分的には、私自身も作業に参加してみようと考えています。

浴室入口廻りの光が入らない部分は、瓦を一部ガラス瓦。天井面で、中間に空気層を設けた、中空ポリカ2重張りの断熱トップライトを計画します。

第二段階の計画として、通常のベッドでの生活が厳しくなって、両親とも電動ベッド+車椅子になる状況が考えられます。

「田の字」左側、つなぎ間での生活、介護になると考えています。現在、法事等で使っている、畳のつなぎ間をすべて杉の無垢板に変更します。

断熱ライン(範囲)は、縁側の内側、障子側で考えます。ここに、断熱内窓を設置します。

縁側外側より断熱・気密を確保しやすいラインだと考えます。障子上の壁に断熱ボードを付加して、セルフで施工できる左官系の材料で仕上げます。

次の段階として、普通の車椅子を使えないレベルも来ると考えています。

この縁側から外部へ繋がるウッドデッキを考えています。南側の庭には池があり、梅の木も立っていますが、梅の木の下、池の上部までのデッキとします。

この庭は、植栽については「神の手」を持つ二人が育てた花木があります。

この程度の距離であれば、ベッドを動かして、或いはストレッチャーを使って、このデッキの上へ出すことができると思っています。

台所については、料理の好きな母ですが、どこまで回復するか見えません。また、どのようなキッチンであれば使えるのかも解らない状況です。

母にとって、キッチンに立つ、父に料理を作るというのも、元気の元です。

体の状況が明らかに成ってから、実際に使えるキッチンに改修します。

今回考えている改修が、どの程度の予算になって、どのレベルの改修まで両親が納得するのか。これから調整です。

まず、「田の字」左半分。寝室・リビングとクローゼットを含む水回り。この工事だけを進めなければ、自立した両親の生活ができません。

大工、材料の調整も行いました。3/30から工事を始めます。

今日見学会を行う 「伊敷古民家パッシブりのべ」 の隣です。まだ、工事は始まっていませんが、希望される方には、工事前の現状をご案内します。

声をかけてください。 薩摩じねん派 村田 でした。