薩摩じねん派の「じねん」

先月行われた1985アクションの全国省エネミ-ティングを切っ掛けに、参加させていただくことになった「かごしま環境未来館 地域まるごと環境未来館創造事業 」。その登録団体の発表交流会に始めて参加しました。

少し硬い話ですが、読んでいただけると嬉しいです。「じねん」、薩摩じねん派のコンセプト、大切な話なんです。薩摩じねん派村田です。

環境未来館の登録団体は70以上。皆さん、積極的な活動をしています。「Forward to 1985 energy life 九州山口ネットワーク」も登録団体の仲間に入れていただきました。環境未来館を拠点にこれから、様々な登録団体の方と連携して活動していきたいと考えています。

連携を深めるための、それぞれの活動紹介の会でした。夜の懇親会まで参加させていただきましたが、やはり、環境を意識した活動を真剣に行っている方々です。質問やお話が鋭くて楽しかったです。

そこで、久しぶり質問を受け話した「じねん派のじねん」について、その話を今回は、書きたいと思います。薩摩じねん派のコンセプト・信念を説明することにもなります。

現在、自然は「しぜん」と読むのが普通ですよね。

「じねん」と読むのは、自然薯「じねんじょ」や仏法の自然法爾「じねんほうに」と言う読み方で、たまにお寺の講話で、振れる程度でしょうか。

実は、自然を「しぜん」と読むようになったのは最近なんです。明治以降です。それ以前は「じねん」と読んでいました。

西洋語の nature を翻訳するとき、その時代の先人たちは、一番近い言葉は「じねん」だけど、「じねん」と nature は意味が異なると感じたんです。

そこで、nature 自然を「しぜん」。新しい読みを当てたんです。

じねん「自ら然る」人間の作為のない「そのまま」の在り方。 親鸞や道元などの仏教的な思想 も「無為自然」を起源としています。 じねんには、人間もその一部と捉え森羅万象、天地万物すべてを含みます。

一方、nature、野生は、人間が対峙し制御すべきもので、 天地創造をした唯一神としての神からその役割を人間が委ねられているという、人間中心の考え方です。

日本の庭と西洋のガ-デンを比べると、「じねん」と「しぜん」の違いを感じていただけると思います。

比叡山を借景にした円通寺庭園
ヴェルサイユの庭

自然の一部である人間が自然の秩序に寄り添って作った庭と、人間が自然を制御して作った西洋のガ-デン。建物も含め、人間中心の宇宙を作っています。

建物でひとつ見ていただきたいものがあります。

小さい建物ですが、私が世界で一番好きな建物です。投入堂(国宝)。

自然の中にその一部として美しく、燐と建っています。学生の時に見て、木造の美しさ、真実味を感じました。

もうひとつ、最近の住宅です。これも素晴らしい建築です。

6月のブログで紹介しましたが、今もっとも、理想と考えている住宅です。まさに、じねん派の目指す家です。

邦久案(ほきゅうあん)

邦久庵(ほきゅうあん)は、日本初の超高層、霞ヶ関ビルを作った建築家:池田武邦氏が、2001年、終の住処として大村湾のほとりに設計した庵です。300名を超える設計士を組織する事務所を超高層ビルの中に構え、機械的に温湿度をコントロールし、理想的な室内環境を作る建築家でしたが、出来上がってくる空間の質に疑問を感じ始め、自然と建物の関係を見つめ直し、たどり着いた住宅です。

高気密、高断熱とは全く無縁の住宅です。

屋根は茅葺です。雨水を通しませんが、空気、煙は通りぬけていきます。そして断熱性能を持っています。この茅葺屋根の多機能性を絶賛し、最近の住宅では計画できない囲炉裏を設け、自然と連続し、外部環境と一体となる生活を楽しんでいらっしゃいます。

邦久庵(ほきゅうあん)  https://www.hokyuann.com/architecture

また、長いブログになってしまいました。話が支離滅裂。まとまっていませんが、私の目指す「じねん」「じねん派」のイメ-ジは多少伝わったと思います。

19世紀末頃まで、個の住宅はもちろん、集落、街まで、じねんの一部として共生し、産業・農業まで含んだ、生活文化を育んでいたこの国が、急激な西欧化で、そのスタイルを捨て去ったように見えます。しかし、感性を研ぎ澄まし、その土地の気候風土に根ざした、丁寧な生活を求めている人々を観察すると、「じねん」の感覚は、まだ、我々の中にDNAとして残っていると感じます。

気候温暖化や気候変動が問題になり、世界的な経済システムについても、急激な修正が求められる時代に、「じねん」の概念に立ち返った生き方が、われわれに求められていると考えます。薩摩じねん派のコンセプト・信念です。